奇跡のスープ

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  3回目の入院の時、向かいのベッドのTさんは私より少し年上、細身で長身、とてもお話上手でいつも笑わせてくれました。セーラー服のスカートをひきずるように長くして、薄くつぶした学生鞄を下げていた高校時代の話。教室の机の上に乗り、ラジカセに合わせてツイストを踊っていたそうです。

 彼女によく似たモデル体型の娘さんは3日に一度くらい、見舞いにやってきます。長い髪をシルバーに染めて、ミニスカートやショートパンツから伸びるすらりと長い足。アイメイクも鮮やかにギャルがそのまま大人になった感じですが、一児の母です。

 しかしそのファッショナブルな外見からは想像できないような家庭的な一面が私を引き付けました。それは彼女が必ず携えてくる、ポットに入れた野菜スープです。好き嫌いの多い母のため、がんに効くと言われる野菜やハーブなどをネットで取り寄せ、手作りしているそうです。Tさんと主治医は彼女に合う抗がん剤を探して、いろいろ試していました。副作用のきつい薬もあり、食欲が落ちていました。病院食も残しがちでしたが、このスープだけは顔をしかめながらもがんばって飲んでいました。

 友人が私の体を心配して、抗酸化作用の高いと言われる人参を送ってくれました。茹でて食べたら、人参なのにホクホクした美味しさがりました。1日1本食べ続けたらがんが消えたという話もあるそうです。でも1日1本はなかなか食べられない、それにそんなに体のことばかり考えてはいられない、なんて大量の人参を前に思ったこともありました。

 でもよいレシピを見つけました。玉ねぎと人参を一口大に切ってバターで炒めてから、水とコンソメスープの素、お米を少し入れて、圧力鍋で5分煮ます。ミキサーにかけ、鍋に戻して塩で味を整えて、一煮立ちさせたらでき上がり。お米からほどよくとろみが出て、人参くささもあまり感じず、体にすっと入ってくる味です。これだったら夫も好んで飲んでくれるので、人参はいくらあっても足りないくらいです。

 美しいオレンジ色のスープを見ていると、これを飲んでいれば、本当に奇跡が起きるのではないかと思います。自分で作るようになって、Tさんの娘さんがスープに込めていた祈りのような願いに、今更ながらに心を打たれる思いがしました。あれから半年、Tさん母娘は今頃どうしているでしょう。


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# by somamin | 2017-10-28 11:52 | 短歌 写真 | Comments(0)

初雪

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 今年の利尻山の初冠雪は929日でした。昨年が105日でしたから少し早めです。平地での初雪は1015日と18日にぱらっと降りましたがすぐに消え、まだ積もったことはありません。礼文島の丘は一面の枯野になりました。小春日和に枯野を歩くのが好きです。乾いた草の葉たちが風にカサカサと擦れ合う音を立てながら、陽光を透かして黄金色に光ります。なだらかな丘はまるで狐の背中のようなだと思います。写真のこげ茶の枯れ草はオオヨモギ、黄金色の葉はイネ科のイワナオガリヤスです。レブンソウやカンチコウゾリナ、エゾノコギリソウの名残の花も見られました。

 小春日の枯野を歩いていると、とても穏やかな気持ちになります。立ち枯れた夏草が種を携える姿は愛おしく、種の形も様々で、美しいと思います。枯野は前から好きでしたが、今年ほど立ち枯れた草たちに興味を持った年もありませんでした。「結ぶ」をテーマに初冬もまだまだ撮影していきたいと思います。

 掲出歌の「もう戦わない私」は願望です。勝負をかけるような仕事や暮らし方はもうしたくないと思うのですが、やはり「生る」とは大なり小なり戦っていくものなのでしょう。

 ブログの更新が長く途絶えて、ご無沙汰いたしました。昨年11月に肺がんが見つかって以来、手術、抗がん剤治療、そして再発などといろいろありまして、入院は4回、長い一年でした。ここのところ薬が体に合ったらしく、がんはおとなしくしてくれていて、月に一度の札幌への通院をしています。これからは気負わずに更新していきたいと思いますので、末長くお付き合いいただけたらと存じます。



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# by somamin | 2017-10-25 12:04 | 短歌 写真 | Comments(5)

丘の蕊たち

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 雨や霧の日が続いても、花たちの花暦は進みます。だから私も晴天を待ちきれず、カッパを着て花たちに会いに行きます。キジムシロやレブンハナシノブは花粉を運ぶ昆虫たちがあまり飛ばない雨の日は、花弁を閉じて蕊を守ります。
でも写真のエゾカンゾウは雨の日でも閉じることはありません。この花の開花期間は一つの花が約2日と短く、天気に関係なく蕾を順番通りに開いていきます。
 霧の朝、礼文林道に行ってみると今朝開いたエゾカンゾウが一輪、斜面に咲いていました。雄しべも雌しべも花弁も、湯上がりのような初々しい姿です。前に突き出した雌しべに小さな露の玉が並んでいました。少し奥にある6本の雄しべは花弁のドームに守られて濡れていません。この花が横を向いて咲くのは蕊を守るためなのかもしれません
 霧は濃くなっていくばかり、さて今日この花に虫の来訪はあるでしょうか。今年のように雨が多い年は、種を結べないエゾカンゾウも多いです。でも明日も明後日も、来年も再来年も、懲りることなく短命な花を開く、それがこの花の意気地です。


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# by somamin | 2017-07-01 11:03 | 短歌 写真 | Comments(3)

りべんじ

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 濃い霧の日が続いています。私はしっとり感のある明るい霧は好きですが、今日の霧は濃くて、雨とも霧ともつかないような、こういう気象を島の言葉でジリと言います。今年の6月はどうもジリの日が多い礼文島、島全体が雲の中に入ってしまった感じです。
それでも花暦は確実に進んでいきます。ミヤマオダマキはそろそろ終わりです。この花はうつむいて咲きますが、花期の後半になると、上を向いてきます。写真は花弁を一つ落としたところです。咲き終えるころの花の風情が最近気になります。まだ未熟な種子を携えて、それらを充実させて風に旅立たせるまでの、静かで大切な時間の始まりです。


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# by somamin | 2017-06-30 10:53 | 短歌 写真 | Comments(0)

一華の笑顔

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 レブンアツモリソウやエゾノハクサンイチゲが開花して、今年も礼文島の花の季節の幕が開きました。でも6月に入ってから天候は荒れ模様、気温が低く、強風や雨の日も多いです。6月2日3日は嵐となり、ファリーは欠航しました。折しも出張帰りの私は海を渡れずに、稚内に2泊しました。島に帰って花たちの様子を見に行くと、ミヤマオダマキやエゾノハクサンイチゲの花弁が風でかなり痛んでいるのが目に付きました。
 今年のエゾノハクサンイチゲの開花の様子は、一斉に開花せず、3波ぐらいに分かれて咲いたようです。一番最初に開花した株が散る頃に、二番目が盛りとなり、三番目の蕾がまだ控えているという感じで、花期が長くなりました。冬の積雪が少なかった年はどうもこんな傾向があります。そんな時間差開花が幸いして、風で痛んでしまったのは一番手の花たちだけのようでした。
 写真は6月5日の撮影です。美しさの盛りかなと思われる株が朝日を浴びていました。その後ろではもう散りそうな株が花茎を伸ばした姿が見えています。もう中には種を結んだものもありました。咲き進む変化を一度期に見ることができるのも、悪くないなと思いました。今日は11日、この株ももう痛んでいるころと思います。風の強い雨模様の1日となりそうです。天候が回復したら、最後に咲いたエゾノハクサンイチゲの様子を見に行こうと思います。

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# by somamin | 2017-06-11 16:03 | 短歌 写真 | Comments(2)

車窓のコブシ

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礼文島に帰り、いつもの暮らしが始まりました。朝はラジオ体操とストレッチ、その後ネイチャー礼文で仕事。今はNPOの理事会前で決算の書類作りに追われています。夕方は暖吉(柴犬)の散歩、近所の厳島神社の石段を登っています。体力はだいぶ戻ってきて、食欲もあります。

久種湖のミズバショウは盛りを過ぎつつあり、レブンアツモリソウの芽は5センチを超え、レブンコザクラの蕾が膨らんでいます。でもやはり礼文島の春は寒いですね。山に行きたい、写真が撮りたい、そんな気持ちを抱えてのインドア作業、「早く行かないとヒメイチゲが終わってしまう」などと焦りを感じます。こんな感じは毎年のことなのですが、そんないつもの暮らしができることが嬉しくて。春憂いぎみの美野里さんを、もう一人の美野里さんが微笑ましげに眺めています。

写真は岩見沢の利根別原生林のコブシとエゾヤマザクラ、5月3日の撮影です。礼文島には自生するコブシはなく、エゾヤマザクラの開花は間も無く始まりそうです。







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# by somamin | 2017-05-12 06:25 | 短歌 写真 | Comments(5)

春水ドード

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 今ごろ島では雪融け水が勢いを増していることでしょう。流れる水は冷たいですが、目を覚ました大地の血潮のようで、春水の豪快に流れる音を聞くのが私は好きです。まるで滝に打たれるみたいに、体がシャキンとするような気がします。

 さて、今一まだシャキンとしていないのですが、私は治療を中途退学しました。3月17日、またすぐ入院治療を再開するつもりで退院し、検査のため通院していました。しかしその後も血液の値が思わしく回復しないので、これ以上の抗がん剤治療は断念することになりました。私の肝臓も腎臓も敏感に薬物に反応してしまって、このまま続行は難しいそうです。「ではどうやって再発や転移を防ぐのだろう」と不安がむくむくと大きくなっていましたが、今日あたりから気持ちが落ち着いてきました。

 もう病室につながれることもなく、春を諦める必要もないのです。40日間点滴のために入りっぱなしなっていたカテーテルが一昨日外されました。まるで鎖から解き放たれたみたい、お風呂にもザブンと入れます。まずは体力を戻して、仕事も再開して、以前の暮らしに少しずつ戻ります。体の中でいつまた悪い顔した細胞が成長をはじめるかわからないので、検査で時々確認してもらうことになっています。

 ちょっと出遅れましたが、ぼちぼちと、春に挑んでいくことにいたします。


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# by somamin | 2017-04-13 18:06 | 短歌 写真 | Comments(3)

やくそく

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雪が消えるとまず顔を出すのは淡い緑のフキノトウ。その次は紫のエゾエンゴサク、湿原ではミズバショウ、木の花ではヤチハンノキ。キバナノアマナやザゼンソウも続きます。お目覚めの順番はずっと変わることはありません。私は何年たっても、いくつになっても、この雪国の春のエネルギーに太刀打ちできず、心の置き所がないような感情を持てあますのが常でした。

今年は島を離れていますが、スマホには毎日のように、雪の消え具合や、植物の芽生えの様子、渡り鳥の来訪などが、礼文島の夫や友人たちから送られてきます。私がいなくても春は来る。フキノトウは咲く。そんな当たり前のことに心がザワザワするのではないかと想像していました。でも私の身の内は意外に静か、風のない日の湖面のようです。こんな春もあるのかと不思議な気持ちでいます。


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# by somamin | 2017-03-29 23:49 | 短歌 写真 | Comments(0)

愛でて暮らさむ

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写真はオオバナノエンレイソウ、5月の末ごろに咲く花です。この花の白い花弁は清潔感があって制服姿のナースのようだと、いつも思います。入院している病院には決まったナース服はなくて、思い思いの自分で選んだナース服を着ています。チロルテープをあしらったもの、切り替えで一部紺や緑のラインが入ったものなど。髪飾り、ストラップ、名札周りのマスコットなど、一人一人控えめではありますが、自分らしさを表現しています。それらを眺めながら私はこの人はどんな性格なんだろう、私服はどんななんだろうと想像したりします。夜勤明けの朝の看護師さんは化粧が控えめで髪型もシンプル、素のままのご本人が垣間見えたりします。

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# by somamin | 2017-03-16 14:34 | 短歌 写真 | Comments(0)

春の月

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窓側のベッドに移ったその日、窓に大きな月が登ってきました。都会の空なのに意外なほどクリアーな光を放つ月でした。満月のように見えますが、ほんの少し左側の欠けた14夜の月でした。「次の日から欠ける満月より、14番目の月が一番好き」という松任谷由実さんの歌詞を思い出します。サワサワと銀の光を浴びて、元気をいただくといたしましょう。

写真は利尻島から登る月。実は秋の写真です。秋の月光は怖いくらい鋭くて、今の私には春の月光の優しさが嬉しいです。


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# by somamin | 2017-03-13 10:27 | Comments(2)